福井中央レオクラブ

福井市のプロフィール

 福井市は、九頭竜川、足羽川、日野川の三大河川が形成した福井平野に発達してきました。
平野は、今から約2,000年前の弥生時代中ごろには、ほとんど現在のような形状となり、農耕も可能になったと言われています。
一説には、1,500年ほど前、この地にゆかりの深い男大迹皇子、後の継体天皇の治水事業によって、一面の沼沢地が豊かな沃野に生まれ変わったとも伝えられています。
約1,200年前の奈良時代には、この広大な平野が、穀倉地として注目され、東大寺荘園、道守荘や糞置荘などが開かれています。
その後、文化の発展に伴って北陸の要衝として栄えてきました。今から約500年前、朝倉敏景が黒丸から一乗谷に居を移して以来、朝倉五代にわたって越前国守護としてこの地を治め、小京都と呼ばれるほどの栄華を極めたと言われています。
さらに、市街地発展の基となったのは、約400年前、柴田勝家の北ノ庄城築城による城下町の発達と言われています。徳川家康の天下平定後、その二男結城秀康が68万石の城主として任ぜられたのは、慶長5年(1600)のことです。
幕末の藩主は、名君の誉れ高い松平慶永(春嶽)で、その時代には、橋本佐内、由利公正、橘曙覧ら多くの人々が活躍しています。
明治22年には市制が施行されました。当時4万人足らずの人口が今日では、25万人を超え、面積も当時の77倍、340.60k㎡となっています。
その間、昭和20年の空襲、23年の大震災などにより市街地は壊滅状態となりましたが、市民の不屈の精神によって不死鳥のようによみがえり、北陸の雄都として、さらに発展を続けています。

・人口/270,024人
・世帯数/95,628世帯
  (2009年8月1日現在)
・市の花/あじさい
・市の木/松

◆交流都市

姉妹都市 アメリカ・ニューブランズウィック市
姉妹都市 アメリカ・フラトン市
姉妹都市 熊本県・熊本市
友好都市 中国・杭州市


s <主な史跡>

一乗谷朝倉氏遺跡の唐門

一乗谷朝倉氏遺跡の唐門

一乗谷朝倉氏遺跡(城戸ノ内町)

朝倉五代の居城。織田信長軍のため焼亡したままの姿を今日に残し、中世日本史上極めて重要なもの。

松尾芭蕉宿泊の地(左内町)

元禄2年(1689)春、奥州の旅にのぼった芭蕉は、秋風立ち始めた8月越前に入り、等栽の家に訪ねて2泊し、その後共に手を携えて敦賀に向かったと伝えられている。

由利公正宅跡(毛矢1丁目)

明治の理財家であり、「五ケ条の御誓文」の起草者である。坂本龍馬もここを訪れたと伝えられている。


s 一乗滝

一乗滝

剣豪、佐々木小次郎が秘技「つばめ返し」をあみだした滝として伝えられています。

養浩館庭園

養浩館庭園

元禄年間に造られた福井藩主松平家の別邸で、平成5年6月に復元完成。旧態を残す優秀な庭園として国の名勝にも指定されています。

おさごえ民家園

おさごえ民家園

福井県内各地域を代表する民家5軒が復元され、昔の人たちの生活を私たちに伝えています。

※「福井市勢要覧2000」(福井市発行)より抜粋・転載